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サラ金の歴史 - 消費者金融と日本社会 -

 

年末年始を利用して久々に話題書を通読する機会を得た。Twitterで某アルファアカウントが呟いていたので、瞬く間にベストセラーに名を連ねたため知っている人もいるかもしれない。わたしもそれで本書を知ったのだが、、、それはともかく、これは確かに推薦図書に値する非常に優れたサラ金の近代史である。金融周りのテクニカルな記述には若干の予備知識を要求されるが、金貸しについて興味が少しでもあれば一読の価値はあろう。

 

わたしはローンにも無縁なサラリーマンで、ある意味では幸福な、穿った見方をすれば「度胸のない」平凡な俸給者である。だが、それであるが故に、サラ金や金貸しといった、特殊な才覚と胆力が求められる業界に対して一種羨望とも言える複雑な感情を持っている。『ナニワ金融道』や『闇金ウシジマくん』などの金融漫画が大ヒットしていることからも明らかだが、平凡な一般消費者がこうしたアングラな世界に対して少々穿った視点で興味を持つのは割と一般的なのではないか。借金一般に対する恐怖、畏れ、無知、そこから惹起される、金貸しや取り立てに対するステロタイプな見方…こうした一種歪な金貸しイメージを見事なエンターテイメントに昇華した漫画や映画が受けるのも納得である。

 

だが本書は、こうした一般的な金貸しのステロタイプを補強するような本ではない。むしろ本書は、前述した人気漫画などのエンタメ性を期待する読者からすると退屈に映るのではないだろうか。著者の属性が東京大学の先生ということもあるかもしれないが、主観的な価値判断は可能な限り抑えられており*1サラ金業者の成り立ちや銀行との関わりなどが、経済史的な位置付けからその構造を解き明かすという構成になっている。これはわたしのように「ものごとの構造そのもの」に興味を持つ本読みにとっては非常に興味深く読み進めることができると思う。消費者金融という社会システムを担う主体が、時代の要請や社会背景に影響を受けながら変遷し、少数のバイタリティー溢れる企業家の手によってサラ金という形に結実し、その後債務者が増えるに従って徐々に社会的に締め付けが強まり、グレーゾーン金利の廃止と過払い金利訴訟などといった社会問題を受け、最終的には銀行の一部として取り込まれる、、、戦前から100年程度の消費者金融史を一気に駆け抜けるので、一気に通読するとしんどい気分になること請け合いである。

 

また、終章で少しだけ触れられている「金貸し」に対する一種人類の普遍的な差別感情などにも大変感銘を受けた。実際、金融業というのは社会の「潤滑油血液」としてその機能を必要とされながら、実際の現場では厳しい取り立てや暴利を貪る悪徳金貸し、といった面が強調されやすい。人間の最も根源的な部分が顕になるがゆえに、客観的な評価が難しいのであろう。わたし自身が少しばかりアウトサイダーに共感的である点は割り引いて考える必要があるが、歴史的に見て迫害を受けやすい金貸しという職業に対して冷静な評価を呼びかける著者の姿勢には素直に賛辞を送りたい。

 

ちなみにわたしはインターネットではなく、近所の大型書店で買い求めたのだが、そこでは平積みされることもなく、一冊だけ棚に残っていただけであった。こうしたニッチな経済史というのはやはりTwitterでの口コミに勝るものはないであろう。

 

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ここからは書評ではなく、わたしが本書からインスパイアされて少し頭に浮かんだ散文である。備忘録みたいなものなので飛ばしていただければ幸いだ。

 

「借金」

 

この言葉から想起されるものはほとんどがネガティブなものではないだろうか。金利、返済、破産、取り立てーーーおそらく誰もが一度は、親や兄弟から「連帯保証人のサインはするな」などといった警句をもらったのではないだろうか。借金とは本質的に価値中立であり、いいも悪いもないものだ。むしろ商売人にとっては、事業を拡大あるいは運転するために必要なレバレッジであり、将来価値を現在に持ち込み、時間を短縮するという点でポジティブな側面の方が強い。つまり商売人にとって借金は「コントロールすべきリスク」な訳だが、こうした教科書的な説明も、決まった金額を毎月もらってその中でやりくりするだけのサラリーマンにとっては正直ピンとこない。借金といえば悪い印象しかないのではなかろうか。

 

しかしその一方でわれわれ消費者は、高額な住宅ローンや、残価設定カーローン、また近年ではクレジットカードのリボルビング払いや携帯電話の割賦払いなどには比較的抵抗なく接しているようにも思える。これらも技術的には借金なのだが、どうやらわれわれの認知では、こうした住宅・カーローンあるいは割賦は「別枠」として扱われているような印象がある。これも本書を読んで思い出したわたしの中のちょっとした疑問なので、ここに付記しておく。面白い説明や解説をご存知の方はご紹介いただきたい。

 

もう一点。20年くらい前になるが、、、確か2004年くらいだったと記憶しているので、本書によればちょうど出資法、利息制限法の改正が行われ、サラ金に対しての規制が強まるタイミングの頃だ。わたしはとあるインターネットサイトで『サラ金!』というテキストサイトを熱心に読んでいたことがある。これは大手サラ金企業で回収を担当していた笠虎崇氏が自分の経験をもとに書いたフィクションであるが、あまりにリアリティーに当時まだ働き始めたばかりのわたしには非常に衝撃的であった。借金もしたことがない*2まだ若いわたしにとって、サラ金の現場で繰り広げられる何やらアングラな匂いのする物語は、非常に刺激的であった。

 

現在の笠虎氏は当時のサイトはもうなくなってしまったようだが、(おそらく)このサイトはのちに書籍化されたようだ(『サラ金トップセールスマン物語』)。ただし、わたしの記憶が正しければ、こちらの書籍よりも元サイトの『サラ金!』の方が断然面白かったように思う。まあこれはおそらく「思い出補正」という類のものであろう。本書も十分面白いので、興味を持たれた方はこちらも読んでみてはいかがだろう。

 

 

*1:むしろ経済史的な観点から著者はサラ金業者のセーフティーネット的な側面を高く評価しているように思える

*2:正確に言えば無利子の教育ローン(第一種奨学金)は返済を開始していた